こっちを片付ければ・・

下の娘がアパートを引き払う前から

スッキリ暮らすために

断捨離中でしたが・・

娘が持ち帰ってきた

1所帯分の荷物を分別しながら

毎日奮闘しています・・・。

 

もともと・・・・

 

物が多いこと 物が捨てられないこと

ちょい置してしまうこと、など・・・

散らかりがちな部屋を

すっきりさせようというのですから

並大抵の努力では終わりません・・。

 

こっちを片付け終わると・・

 

この前片付けた所が

なんとなく雑然としてきて

もう一度最初からやり直す的な・・

 

整理整頓というよりは

捨てる作業を優先的にしないと

すっきりしないようです・・。

 

先は・・まだまだ遠い・・。

 

そんな作業の中・・

明日、図書館に返す本があったので

急遽、読んだ本が

吉永南央さんの

 

「Fの記憶」

 

同級生たちの記憶に刻まれるFの存在

極端に左目が吊り上った顔、四方八方へ伸び縮れ毛

ひょろひょろの痩身、周囲が馬鹿にする外見

人を小馬鹿にしたような薄笑い、動じない目・・

ある同級生は、そんなFを嫌い必要に暴行を加えた

ある同級生は、自分に変わりFが鬱憤を晴らしてくれた・・

ある同級生は、母親を殺しそうになった時、Fの一言で人生が変わった・・。

 

でも・・

 

誰一人として、その同級生の名前を「F」としてしか

記憶しておらず名前を知らなかった・・。

 

そして彼らは大人になり

人生の岐路に立った時

なぜか名前も覚えていない「F」を思い

大人になった「F」に逢いたいと思っていた。

 

みんな、日頃の生活に大なり小なり

いろんな鬱憤を抱えていて

自分が、迷い、悩み、

道を選ばなければならなくなった時

誰からも名前すら憶えられない希薄な存在なのに

迷うことなく淡々と生きいる様に見えた

「F」の存在に頼りたくなったのかもしれません。

でも、そんな風に思われていた「F]自身も

暗闇の中を必死で淡々と生きていたのだと思う。

物語の最後は、人と係ることを

極力さけて、しあわせというものを

見ないようにして生きてきた「F」に

しあわせが訪れるような予感が感じられる

ラストで良かったと思う。

 

読んで良かったと思える本でした。

評価:
吉永 南央
角川書店(角川グループパブリッシング)
---
(2009-10-31)


目標にしたい・・

紅雲町(こううんちょう)の小蔵屋の
お草さんこと 杉浦 草(すぎうら そう)さんは
大好きな器をしまうために使っている紐が
切れかかっているため新しい真田紐を買うために
近くの「ヤナギ・ショッピング・ストリート」へ
向かった・・。

そして・・・

店に前で入ろうかどうしようかと
迷っている風の男性を見かける。
声をかけようと思っているうちに
男性は立ち去ってしまうが・・
何かメモらしきものを落としていく
何かを確かめようと拾った時
細い路地を走ってきた車に轢かれそうになり
驚いてそばにあった電気屋のマスコットの
「ドリ坊」のうえによろけて倒れてしまう。
倒れた拍子に「ドリ坊」は 破損してしまう。
幸い、お草さんは大したことはなかったのだが
壊れた「ドリ坊」がこれから来る揉め事の
切っ掛けになろうとは、その時は思っていなかった。

お草さんは、綺麗に生活している方なのだと思います
料理も人付き合いもそつなくこなす感じがいいと思います
私は、人付き合いが苦手なので、絶対無理ですが、
でも、素敵に歳を重ねるのは見習いたいなぁ〜と思います。

 

予想外・・

夫は、妻の事を嫉妬や憎悪のような
激しい感情とは無縁で・・
ただ静かにそこにいるという感じの
扱いやすい女だと思っていた・・。

しかし・・・

ある日、「さようなら、知っていました。」
という置手紙を残していなくなった・・。
行方を探すうちに、妻は夫が知っていた妻と
まったくの別人で、戸籍上夫婦でもなかった。

自分が、妻より強い立場であったと
思っていた夫は・・・
じつは、妻からうまいように
操られていたのかもしれないと愕然とした。

この物語は・・・

夫婦や恋人が、自分が思っていた行動と
相反する行動をとった事への
苦悩や焦りを描いた5つの短編集です。
いかに、夫婦や恋人 まして肉親さえも
相手の気持ちは100%理解できていない
だから、自分の予想外のことが
起こった時、どん底に落とされてしまうのだと思います

 
評価:
吉永 南央
文藝春秋
¥ 1,697
(2010-02)


人の気持ちはわからない

紅雲町(こううんちょう)で
小蔵屋という和食器とコーヒー豆を
扱うお店をしている”お草さん”

身の回りに起きる厄介ごとや
相談事になんとかしてあげれないものかと
いつも心を配っているのです。

凄いなぁ〜と思います

私には到底無理で
真似できないことだと
思います・・。

物語の中で・・

”願ってやまない幸せは
ずいぶん、ささやかなものだ。

家族や仲間がそばにいて、健康で
そこそこの収入があって、
おいしく食べられてよく眠れる
現実は それすら難しいので
祈らずにいられない”


と言うところがあって
そうなんだよね〜
お願いと思わず
いつも私が思っていることを
書いてあったのでうなずいてしまいました

そしてもう一つ

”変わらないもののために
 働いてごらん そしたら楽になるから
大きなものは変わってしまう
 変わらないのは ささやかな希望”


という文章にもそうなんだよね〜
キラキラ
つぶやいてしまいました。

家族がいて健康で何気ない日常が
やっぱり一番幸せだと私も思います。
自分の出来る範囲内で
精一杯生きることが
大事なのかもしれません。

年齢を重ねると・・

紅雲町(こううんちょう)の
小蔵屋(こくらや)は・・・
店主である草(そう)がおいしいと思う
コーヒー豆や選りすぐった和食器を
置いていて、試飲のコーヒーを出してくれる
古民家風のお店で 固定客も多いお店です。

草は・・

若い頃に 山形へ嫁いだのですが
幼い子供を残して・・・
離婚することになり・・

実家に戻って雑貨屋だった
小蔵屋を継いだのですが・・
両親が亡くなったのを機に
今のようなお店に改装したのです。

本の文章に・・・

40を過ぎると女として選んだ道の違いが
くっきりと表れてくる。
同級生たちは長い時をかけて
家族を育み・・・
自分にはいまさら子供を産んで
彼女たちと同じ道をたどることは
まずできない・・。
後ろを振り返っても
何もない 先を見ても
失うだけの人生のように思えてくる

という所があって(ちょっと途中 飛ばしていますが)
後10年たったら、私もこんな風に思うのかなぁ〜と
考えたりして・・・・
私の場合、後ろを振り返れば
後悔ばかり・・先を考えれば
焦りばかり・・。
20歳からずっと、自分に足りないものを
探し続けて生きてきたように思います。
草さんの年齢になった時・・
私は 草さんのように
誰かの為に何かできる人に
なれているのでしょうか・・。
自分が何者かもつかめていない
私には 無理なのかもしれませんけれど・・。
いつかこんな自分でもいいんだと
思える時が来たら・・
きっとその時は、誰かの役に立てるのかもしれません。








 

こんなおばあちゃんには・・

 杉浦 草(すぎうら そう)は
76歳で独身 離婚歴があり
置いてきた一人息子を
3歳の時事故で亡くしている。
離婚して戻ってきた実家は
”小蔵屋”という雑貨屋を営んでいたが
その両親が亡くなってからは、
草が長年の夢だった
和食器とコーヒー豆の店に
改装して商売をしていた

この物語は・・・

小蔵屋のある紅雲町で起きる
日常の出来事をついお節介を
焼いてしまう草が解決していく
人情の物語なのです。

私は、ひとに構うのが
あまり好きではないし

得意でもない。
だから 草さんの人に対する
やさしいお節介焼きがすごいと思う

私には出来ないことだけれども
下町とは こんなやさしい人が
多い所なのかとも思ったりしました。

人間関係は難しい事ばかりだけれども
草さんのような人が近くにいたら
少しは 楽しめるのかも しれません
評価:
吉永 南央
文藝春秋
---
(2008-01)


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