自分は・・何をしたいのか・・

時代は、織田信長が生きた時代から
豊臣秀吉没後の大阪夏の陣で
豊臣が滅びるまでの時代・・。

御宿 勘兵衛(みしゅく かんべえ)は
織田信長に滅ぼされた武田家に仕えていた。

武田家滅亡後、武田家再起を決意し
武田遺臣の依田信蕃(のぶしげ)とともに
信長を討つ時を待っていた。
しかし武田家を滅亡させた織田信長も
本能寺にてあっけなく明智光秀に打ち取られた。

その時、勘兵衛は、まだ16歳だった。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と
力のある武将らに次々と時代の権力が
移り変わる中で、勘兵衛は、甲斐の武田家
信州の依田信蕃、越中の佐々成政と
仕官して仕えたが、ことごとくその藩が
志半ばで滅亡の運命を辿った所から
「厄神の勘兵衛」とあだ名されてしまう。

それでも、自分の力を欲してくれる場所を探し
自分がどう生きたいのかを探し続けた勘兵衛・・

そして最期は、自分が何者なのか・・
自分は、どうしたいのかを探し出せたのではないかと思う。

今は、敵味方に分かれようとも
かつて一緒に戦った戦友も
あの徳川家康にまで惜しい男と思われながらも
豊臣の一家臣として戦場で亡くなった勘兵衛は
たとえ真田幸村のように後の世に
名前が残らなくとも、当時の友の心の中に
勘兵衛の名は、深く刻まれたのだと思う。

本当に自分を理解してくれる人と出会えることは
難しい事ではあるけれども・・
それは、まず自分がどう生きたいか、どうすればいいのかという
信念をきっちりと持つことが大事なのではないかと思えた。
自分という物がはっきりとしない限り・・
自分自身が本当に輝くことなど、
無いのかもしれないなぁ〜とつくづく思いました。









 
評価:
簑輪 諒
学研プラス
¥ 1,620
(2016-01-26)


信頼関係・・・

戦国の世・・・

織田信長の時代から 徳川家光の時代まで
250年にわたり主従関係にあった
丹波家とその家臣江口三郎右衛門の物語。

織田信長の二番家老だった丹波長秀を
理想の主君として尊敬し支えていた江口三郎右衛門

周りを驚かす空論の持ち主であったが
その空論が幾度となく窮地に陥る丹波家を
救う事になる。

負ければ滅亡してしまう戦国の世において
次の世まで生き残るということは
並みの運ではない運の持ち主なのだろうと思います。

只々 丹波家と主君のための
空論を描きつけた三右(さんえ)
その誠意が 報われたのだろうと思います。

蓑輪 諒さんは・・

この本で第19回 歴史群像大賞に入賞したそうです
楽しみ作家さんです。

 
評価:
簑輪 諒
学研マーケティング
¥ 1,350
(2014-07-29)


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